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サンタナ

音楽/MUSICS

サンタナ
サンタナ10

3年ぶりとなるニュー・アルバム『アフリカ・スピークス』  を今夏リリースすることが決定

『アフリカ・スピークス』より新曲「 Los Invisibles 」
が公開されている
                    
新曲「 Los Invisibles 」には
スペインのマヨルカ島出身のシンガー
ブイカがヴォーカルで参加
                    
新作『アフリカ・スピークス』は
リック・ルービンと彼の8ピース・バンド
(サンタナの妻である
 シンディ・ブラックマン・サンタナも
 ドラムスを担当)
がマリブにある
ルービンのシャングリラ・スタジオに集結
10日間でほとんどの楽曲を録音し
多くの曲は一発録りで
レコーディングされたという

「Los Invisibles ft. Buika」


カルロス・サンタナ(Carlos Santana, 1947年7月20日~)
メキシコ出身のアメリカ合衆国のギタリスト
自身の名を冠したラテン・ロック・バンド「サンタナ」
を1960年代から率い、現在も活動中
                        
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」
において2003年は第15位、2011年の改訂版では第20位
                        
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」
において第90位

出典 http://ja.wikipedia.org

サンタナ4

1947年、メキシコのハリスコ州のアウトラン・デ・ナヴァロで生まれた
マリアッチのヴァイオリン奏者だった父の指導のもと
5歳でヴァイオリンを習い、8歳でギターを習った
弟のホルヘ・サンタナもプロのギタリストになろうとした
米国のロックとポップ・ミュージックに
メキシコ人はごく少数しかいなかったその当時
カルロスはリッチー・ヴァレンスから大きな影響を受けた
カルロスの家族は、カリフォルニア州との国境沿いのティフアナへ移住し
その後サンフランシスコへ移った
カルロスはティフアナに留まったが
1962年にサンフランシスコで家族と合流した
10歳から12歳の頃
カルロスに国境を越えさせたアメリカ人の男に
カルロスは性的な虐待を受けたという

出典 http://ja.wikipedia.org

サンタナ5

カルロスはサンフランシスコのミッション・ディストリクトに住み
ブルースやラテンジャズに傾倒した
James Lick Middle Schoolを卒業し
1965年にMission High Schoolを卒業した
カリフォルニア州立大学ノースリッジ校と
ハンボルト州立大学に入学することができたが
大学に通うことを選ばなかった

出典 http://ja.wikipedia.org

サンタナ6

カルロスは
B.B.キング, T-ボーン・ウォーカー、ジョン・リー・フッカー
といったような1950年代の人気のあるアーティストから影響を受けた
ギターの演奏を始めて間もなくカルロスは
50年代のロックンロールに独特のタッチを加えることができる場となる
地元のバンド「Tijuana Strip」に加わった
ジャズやフォークソングを含む様々な新しい音楽の影響も受け
1960年代のサンフランシスコを中心として興っていたヒッピー運動も目にした
その後の数年間は食堂での皿洗いと路上ライブで少額を稼ぎ
フルタイムのミュージシャンになることを決めた

出典 http://ja.wikipedia.org

サンタナ7

1966年
ある1日に起こった幾つかの偶然により名声を得た
当時カルロスはビル・グラハムのフィルモア・ウエスト
に観客として時々行っていた
ある日曜の昼にポール・バターフィールドが
フィルモア・ウエストで公演する予定になっていたが
ポールは酔っ払ってしまったため公演できなかった
ビルは、ポールのバンドやグレイトフル・デッドや
ジェファーソン・エアプレインなどとのコネクションを通じて
知っているミュージシャンを集めて即席のバンドを組んだが
ギタリストが足りなかった
カルロスのマネージャーのStan Marcumが
カルロスをそのバンドに加えることを直ちに提案しビルは同意した
ジャムセッションでのカルロスのギター演奏とソロは
観客とビル双方の注目を集めた
その年にカルロスは
仲間のストリートミュージシャンの
David Brown (ベースギター)
Marcus Malone(パーカッション)
グレッグ・ローリー(リード・ヴォーカル、ハモンドオルガン)
と共にSantana Blues Bandを結成した

出典 http://ja.wikipedia.org

サンタナ8

1969年にカルロスはコロムビア・レコードと契約し
バンド名のSantana Blues Bandを短縮してSantanaとした
Santanaは
カルロスの絶妙なギター演奏と
カルロスのトレードマークとなった自律的なメロディにより
アフロキューバンやラテン・ロック風味の
一連のヒットアルバムをリリースした

出典 http://

サンタナ9

1968年9月
アル・クーパーのライヴに参加
この時演奏された「ソニー・ボーイ・ウィリアムスン」は
マイク・ブルームフィールド&アル・クーパー名義の
ライヴ・アルバム『フィルモアの奇蹟』に収録
カルロスの演奏が収録された初のレコードとなった

出典 http://ja.wikipedia.org


サンタナは今年1月に EP『イン・サーチ・オブ・モナ・リザ』 をリリースしている

『イン・サーチ・オブ・モナ・リザ』

サンタナ11

「Do You Remember Me」 (Audio)

「In Search of Mona Lisa」 (Audio)

「Lovers from Another Time」 (Audio)

「Do You Remember Me」 (Edit Version) (Audio)

「In Search of Mona Lisa」 (Edit Version) (Audio)


サンタナ3
サンタナ 1

サンタナ 2
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